ビネガーの豆知識

ビネガーの歴史

酢の歴史

ビネガー(酢)は酒のアルコールが酢酸菌の働きで酢酸に変わることによってできる発酵調味料です。 いつごろから調味料として使われだしたのか確かなところはわかりませんが、酒の始まりが、猿が樹の空洞に隠しておいた果物が発酵した猿酒だといわれるように、ビネガーも酒が自然に発酵して酸っぱくなってしまったものを、酸味をつける調味料として使ったのが始まりではないでしょうか。
最も古い記録では、紀元前5,000年ごろのバビロニアでビネガーが醸造されていたという記録があるそうです。バビロニアではデーツ(ナツメヤシ)の酒や干しぶどうの酒、ビールなどからビネガーを醸造していました。 旧約聖書「モーセ五書」のモーゼの言葉を記したものの中に、ビネガーという言葉があります。「ルツ記2章14節」の中にも、麦畑で働いているルツが姑によく仕えるのを感謝され、金持ちの親類であるボアズから、ビネガーで作ったおいしくて、冷たい飲み物をもらう話があります。新約聖書「ヨハネによる福音書」にもビネガーのことが書かれています。 その他、ギリシャの歴史家ヘロドトス(BC484~424年)、哲学者アリストテレス(BC384~322年)などがビネガーのことを書いており、医者のヒポクラテス(BC約460~375年)は回復期の病人への酢卵の効用を述べています。

中国でも酢(醋の字が使われます)は古くから調味料として使われており、周(BC1046~254年頃)の制度について書かれた「周礼」には天子の御前をあずかるものとして、酒人や塩人とならんで醯人(けいじん)という役人の記述があります。「醯(けい)」は「酢」のことで周には酢を司った役人がいたと考えられます。 北魏の時代、賈思勰(かしきょう)が書いた農業書「斉民要術」(532~549年頃成立)には23種類の酢の製造法が書かれています。

日本には応神天皇(369~404年)の頃に酒の製造方法と同じ頃にビネガーの製造方法が中国大陸から伝わってきたとされています。和泉の国(現在の大阪府南部)で醸造されたので”いずみ酢”(現在の米酢に相当)という言葉が残っています。 この米酢の製造方法については平安時代、延喜5年(905年)醍醐天皇の命により藤原時平・忠平らが、宮中の慣行、法令をまとめた『延喜式』(巻四十)の造酒司(さけのつかさ)に関する項目に次のように書かれています。「酢一石の原料として、米六斗九升、米麹(よねのもやし)四斗一升、水一石二斗を用いる。陰暦の6月に仕込み、10日ごとに醸(かも)し、これを四度繰り返す。」 これが日本でビネガーの製造方法について詳しく書かれた最も古い記述です。

世界のビネガー

世界のビネガー

ビネガー(酢)は酒を酢酸発酵させてできる調味料です。 酢のことを英語でビネガーVinegarといいますが、その語源はフランス語のビネーグル(vinaigre)です。vinはワイン、aigreは酸っぱいという意味で、ワインが酸っぱくなったものが酢であることが分かります。中国や日本では酢のことを昔は「苦酒(からさけ、にがさけ)」とも呼んでいました。酒が酸っぱくなってしまったことから由来する言葉でビネーグル(vinaigre)と同じく酢が酒からできていたことが分かります。

世界にはさまざまな酒があるようにビネガーにもさまざまな種類がありますが、酒同様、ビネガーもその土地の食文化と深い関わりを持ちながら醸造されてきました。

ヨーロッパを中心としたワイン文化の国ではぶどうの酒(ワイン)からワインビネガーが醸造され、りんごの酒(シードル、サイダー)からはアップルビネガー(アメリカ、ドイツ、アイルランドなど)、麦芽の酒(ビール)からはモルトビネガー(イギリス、アメリカ)、なつめやしの酒からはデーツビネガー(中東、アフリカ諸国)、パインアップルの酒からはパインアップルビネガー(フィリピンほかの東南アジア)、ココヤシの酒からはココナッツビネガー(東南アジア)、さとうきびの搾り汁の酒からはシュガーケインビネガー(フィリピン、西インド諸島)が醸造されています。また、蒸留したアルコールから醸造するアルコール酢はホワイトビネガー、スピリットビネガーとも呼ばれ世界各国で製造されています。

最近有名になったバルサミコビネガーは、煮詰めたぶどう果汁を原料とした香り豊かなワインビネガーです。

ヨーロッパにはその他にも、ハチミツからできたハニービネガー、乳清からできたホエイビネガー、モルドビネガーを蒸留した蒸留モルトビネガー、ベリー類からできたベリービネガーなどさまざまなビネガーがあります。

中国の伝統的な酢(醋)は米や粟、きびなど穀類から醸造しますが、製造方法は地域によってさまざまであり、独特の濃い色調と風味を持っています。陳酢、香酢、薫酢、米酢など色々ありますが、特に固体酢酸発酵で醸造する酢には独特の風味があり、中国ならではの食文化をつくり出しています。山西省太原の山西陳醋、江蘇省鎮江の鎮江香醋、四川省ロウ中の四川麩醋(四川保寧麩醋)は固体酢酸発酵の酢として特に有名です。
日本では伝統的に米酢と酒粕酢が醸造されてきましたが、現在では穀物酢やアップルビネガー、ワインビネガー、アルコール酢などさまざまなビネガーが製造され、手に入れることができるようになりました。

ビネガーができるまで

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ビネガー(酢)の製造工程は、大きく4つに分かれます。ここでは、大麦黒酢(純粋玄麦黒酢)の製造工程について説明します。

第一工程(酢のもととなる酒をつくる)

大麦黒酢の製造では、まず、ひき割りにした大麦麦芽(ビールの仕込みに使用するものと同じ)に温水を加えます。しばらくすると、麦芽の酵素の働きによりでんぷんが分解されて糖分が作られ、甘くなります。
この液を酵母で発酵すると、糖分がアルコールに変わり、酒のもと(もろみ)ができます。(米を原料とする場合は日本酒と同様に、ぶどう果汁やりんご果汁を原料とする場合はワインと同様に仕込みます。)
できあがったもろみをろ過すると酒になりますが、酢をつくる場合はもろみにビネガーを加えます。

第二工程(酢酸発酵)

アルコールを酢酸菌の働きにより酢酸に変えます。ビネガーを製造するための最も重要な工程です。
ビネガーを加えた麦芽もろみを静置発酵槽に仕込み、表面に酢酸菌を植えます。酢酸菌は酸素を必要とするため、液の表面に皮膜状に生育します。
酢酸菌の働きで、アルコールの大部分が酢酸に変わったら発酵終了です。酢酸発酵が終了したものを原酢と呼びます。(ビネガーの種類によっては、この工程を通気撹拌発酵装置で行ないます。)

第三工程(貯蔵・熟成)

出来上がった原酢を貯蔵タンクで寝かせておきます。こうすることで風味がなじみ、まとまりが生まれます。
ビネガーの種類によっては色が濃くなったり、より豊かな香りになります。
(ビネガーの種類によって貯蔵・熟成期間は異なります。)

第四工程(調合・ろ過・殺菌・充填)

原酢をブレンドして酸度を調整し、発酵・貯蔵工程で生じた濁りをろ過して透明な液に仕上げます。殺菌後、容器に充填して製品ができあがります。

ビネガーの機能性

ビネガー(酢)は酸味を与える基礎調味料として味作りに幅広く利用されています。料理や食品加工の中では調味だけでなく、その特性を利用したさまざまな使い方があります。 食材の色調や風味、食感を改良するといった材料の下ごしらえ、日持ち向上など、台所の知恵の中にも利用例をみることができます。

ビネガーの機能を生かした利用例

ビネガーの機能 利 用 例
調  味 酸味をつける、香り
調理特性 臭い、色調、食感の改良
(例:根菜類のアクを抜いて色を白く仕上げる、みょうがや赤かぶの紅色を鮮やかに仕上げる、カルシウムを溶けやすくする、魚臭さが抑えられる、れんこんの歯切れを良くする、など)
日持ちを良くする 日持ち向上、pH調整、食品の洗浄(例:酢洗いなどの下処理)
健康維持 食欲を引き立てる、疲労回復、カルシウムの吸収促進、適塩のお手伝いなど

酸っぱいだけではない「ビネガーの機能性」のメカニズムとは

  • 食材の色を鮮やかに仕上げる

    食材にビネガーを加えて酸性になると、フラボノイドという黄色色素は無色に、みょうがや赤かぶなどに含まれているアントシアニンという色素は赤くなる性質を利用しています。

  • 魚の臭みをとる

    いわしやさんまなど、青魚の生臭み成分はアルカリ性物質なので、酸性のビネガーにより臭みが抑えられます。

  • 食感をかえる

    ビネガーにはたんぱく質を凝固させる働きがあるため、魚の煮くずれを防いだり、焼き魚を網にくっつきにくくします。

  • 食品を日持ちさせる

    微生物の多くは、pH5.0~9.0で活発に活動しますが、ビネガーはpH2.5~3.5の酸性食品です。ビネガーの防腐効果は食中毒細菌にも有効です。

ビネガーの健康維持

ビネガー(酢)には健康維持に役立つさまざまな働きが知られています。一例として、血圧の上昇を抑える研究報告があり、味作りの面でも塩味を引き立たせることから「適塩増酢」にも役立ちます。毎日15mL(大さじ1 杯)のビネガーを食生活に取り入れるとよいと言われており、ビネガードリンクのような使い方も含めて「積極的に摂りたい調味料」というユニークな存在です。
また、最近では酢酸菌そのものが免疫機能に働きかけるなど、健康維持に役立つ働きが知られるようになってきました。

ビネガーの健康維持効果として研究報告のある内容(1)

  • 血液の流れを良くする(2)

    大麦黒酢には血圧の上昇を抑える働きがあります。酸味の成分である酢酸にもその効果が知られていますが、コクを引き立てるエキス成分にも血液の流れを良くする働きがあるようです。

  • 食欲を引き立てる

    さやわかなお酢の酸味が食欲を引き立てます。

  • 疲れを回復する

    人の体内では食べ物を分解してエネルギーを作り出しています。運動によって消費されたぶどう糖をビネガーやクエン酸と一緒に摂ると、血糖値が急激に上昇するのを防ぎながら糖分を補給できます。

  • カルシウムの吸収を助ける

    ビネガーはカルシウムを溶かし、吸収しやすくすることが知られています。

【参考資料】

(1)上岡, FOOD Style 21 Vol.10, No.11 (2006年).

(2)小田原ら, 日本食品科学工学会誌, 第55巻, 第3号(2008年).

論文

  • 湘南の伝統発酵食品(1)平塚とその周辺 / 古川壮一 ; 中村 訓男
    人間科学研究. (7) [2010]
  • 進化する酢の方向を考える江戸から平成へ / 中村 訓男
    日本醸造協会誌. 104(6) [2009.6]
  • 高血圧自然発症ラットに対する大麦黒酢の血圧降下作用 / 小田原 誠 ; 荻野 祐司 ; 滝澤 佳津枝 他
    日本食品科学工学会誌. 55(3) (通号 591) [2008.3]
  • 醸造酢の特性とその利用による調味技術 (特集 天然調味料の近況) / 上岡 健人
    ジャパンフードサイエンス. 45(9) (通号 534) [2006.9]